人間は、天地の間に生きておりながら、そのおかげを知らない。神仏の宮寺(みやてら)も人間の家屋敷(いえやしき)も、みな神の地所である。そのわけを知らないで、方角日柄(ひがら)ばかり見て無礼をし、前々からの巡(めぐ)り合わせで難を受けている。(天地は語る70節)
明治17年(1884年)2月、東京の新橋烏森での布教開始から142年。教会設立119年。そして、春日部に移転し、布教20年目を迎えました。
人間は、天地の間に生きておりながら、そのおかげを知らない。神仏の宮寺(みやてら)も人間の家屋敷(いえやしき)も、みな神の地所である。そのわけを知らないで、方角日柄(ひがら)ばかり見て無礼をし、前々からの巡(めぐ)り合わせで難を受けている。(天地は語る70節)