天地金乃神は天地を一目(ひとめ)に見ている。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏(も)れる。神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さなければおかげは受けられない。ままよとは、死んでもままよのことである。(天地は語る234節)
明治17年(1884年)2月、東京の新橋烏森での布教開始から142年。教会設立119年。そして、春日部に移転し、布教20年目を迎えました。
天地金乃神は天地を一目(ひとめ)に見ている。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏(も)れる。神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さなければおかげは受けられない。ままよとは、死んでもままよのことである。(天地は語る234節)