ある人が、門まで来ては帰り、何度も来たり帰ったりしているのを、集まっていた信者が見て、「金光様、あの人はどうしたのでしょうか、参りそうで参りませんが」と伺ったら、「あの人は、親が死んで忌(い)みの内であるからと思い、遠慮(えんりょ)して参れないのである。この道には忌み汚(けが)れはないから参ってもよいと言ってあげなさい」と仰せられた。(天地は語る339節)
明治17年(1884年)2月、東京の新橋烏森での布教開始から142年。教会設立119年。そして、春日部に移転し、布教20年目を迎えました。
ある人が、門まで来ては帰り、何度も来たり帰ったりしているのを、集まっていた信者が見て、「金光様、あの人はどうしたのでしょうか、参りそうで参りませんが」と伺ったら、「あの人は、親が死んで忌(い)みの内であるからと思い、遠慮(えんりょ)して参れないのである。この道には忌み汚(けが)れはないから参ってもよいと言ってあげなさい」と仰せられた。(天地は語る339節)