金神へ参詣をいたして、たずねていんでも、金神の言うとおりにする者一人もなし。みな、いんで、いい加減にねじる(変える)なり。そこでおかげはなし。それで、「わしは金神様へ参りて、たずねてもどり、信心をしておれども、金神様の言われるのは当てにならぬ」と言う人がある。神の言うのは道にあやして(落として)いんで、われがよいようにねじて仕損じて、神を恨む。心の内改めること、第一なり。また、神に一心とは迷いのないこと。(市村光五郎3・19)
「そこで、もうこれからは、めいめいの心から心からと言うておけばよし。氏子、一心なければおかげなし。おかげなければ、金神のひれいを失う。神のひれいを失えば、わが徳を失うぞ。そこで、心と言うておけば、ひれいを失うことなし」
と申され。(市村光五郎3・20)